Saturday, July 30, 2016

「平和のための戦争論 -集団的自衛権は何をもたらすのか?」(植木千可子 著)

安全保障の専門家による、平和を保つために戦争について論じた好著(20152月出版)。本の題名からハト派の学者だろうとの印象をもちつつ読み始めたが、タカ派ではないかもしれないが、MITでの安全保障分野での世界的権威に指導されての博士号取得や、防衛省防衛研究所研究員としての経験の為か、ひとつひとつの論点は非常に現実的で明確且つ具体的で示唆に富む。冷戦及びそれ以降近年までの状況を題材にしつつ、ある状況に関する具体的なシナリオを描きつつ、それぞれの展開で、国家として決断しなければならない具体的な意思決定ポイントを論じつつ安全保障が孕む複雑さについて考察している。有益だと感じた部分は多数あるが、自分のような素人には、例えば以下のような点にも非常に納得した。
「抑止」が機能する為の3条件とは
1.    相手の攻撃に対する報復能力を保有しており、それを行使する意図があること
2.    上記#1の能力と意図があることが相手に正しく伝達されていること(コミュニケーション、シグナルの信憑性及びそのベースとしての一定レベルの信頼関係)
3.    状況に対する認識の共有(攻撃すれば多大な被害を蒙るが、思いとどまれば被害は回避できるという認識→戦争を仕掛けることの cost>benefit)

その上で現実には、自国の政策や行動(作用)に対する他国の反応・政策・対応が、その通りに他国に受け取られるとは限らず(読み違え)、こういった作用と反作用の繰り返しが、予想だにしない形で戦争に繋がるリスクは常にあることを強調している。
また、昨今の日本を取り巻く周辺国の環境と集団的自衛権に関する展開を上記に当てはめてみると、日本政府は特に対中国との間での関係悪化もあり、上記の「抑止」する為の3条件のうち、#2が殆どできていないことが、相互不信感を増長し状況を不安定にしていることを指摘している。また条件#1#3と条件#2(特にそのベースとなる一定の相互信頼)は相矛盾するように見えるが、安全保障とはそういう微妙なバランスを不断の努力で紡いでいくものである、ということが良くわかる。最近読んだ「安保論争」(細谷雄一著)も良かったが、こちらは安全保障についてより具体的・現実的な視点が得られる。